文化6(1809)年、知多市妙楽寺の亮山阿闍梨の夢枕に弘法大師が現れ知多に霊場を開くよう告げる。「西浦や東浦あり 日間賀島 篠島かけて四国なるらん」弘法大師は、諸国行脚の途中で立ち寄った知多半島が四国の地形に似ている事に驚いたのだという。早速四国八十八ヶ所本霊場を巡った亮山師が阿久比の岡戸半蔵と讃岐の武田安兵衛という協力者を得て「知多四国八十八ヶ所霊場」を開いてから今年で200年。
弘法大師が上陸したと言い伝えられ上陸大師像の建つ南知多町大井聖崎から半島の先をぐるっと回った辺りが今回のコース。「山海」と言われるこのエリアは温泉旅館やホテルが軒を連ね、ちょっとした小旅行気分が味わえる。とあるお店の前で巨大な魚の張りぼてを発見。毎年7月中旬の土・日に豊浜地区で開催される「鯛祭り」は全国的に有名な祭りで、外国の切手にもなった事があるそうだ。勇壮なお祭りだそうなのだが、鯛の表情はちょっとおどけた感じで愛らしい。「今年こそ見に来よう〜っと」と、鯛を横目で見つつ(注・運転中は横見してはいけません)先を急ぐ。左手は海だ。「めたたき弘法」と呼ばれ、眼病にご利益があると言われる 41番西方寺は山海海岸の目の前。潮の香りがして開放感いっぱいである。ここで事件発生。なんと、御朱印を頂きながら、そのまま逃走した輩が !!・・・私です。海の開放感に自分も解放してしまった。慌てて納経所に戻ると、なんとご住職は納経所の引き戸を絶妙な間隔で開けたまま慌てず騒がず、先程と同じ姿勢で待っていらした。「すっ、すみません、うっかりして!」と御朱印代を出す私にも「ようお参りでした」とあくまでも穏やか。『きっと戻ってくる』と信じて静かに待って下さったのであろう。その事がとても嬉しく、何かあるとすぐぎゃーぎゃー騒ぐ自分を猛反省した出来事だった。
41番から山側に入って暫く行くと、 43番岩屋寺と奥之院がある。岩屋寺の洞窟は弘法大師が護摩修行をしたところと伝えられている。弘法堂を兼ねた広い本堂を出ると、左手の山へ続く急斜面におびただしい数の石仏。その光景は幻想的でもあり、ちょっと不気味でもあり・・・そこから、緑深い山へ階段が続いている。薄暗い山へ入っていくのはちょっと怖い気もしたが、毎度の事ながら好奇心の勝ち〜〜。で、階段を登る。・・・しかし5分もしないうちにその判断を多いに後悔した。階段なんか最初だけ。あとは急な山道が続く。しかも道の脇には「第1番」「第2番」と書かれた石仏が点々と上へ続いている。「これって、まさか、 88番まであるんじゃ・・・」「ピンポ〜ン!正解です♪(お大師様の声)」。ぎゃ〜〜!でももう戻れない〜〜〜 !!大師ヶ嶽と言われるこの山には 88体の小さな大師像と無数の石仏があり、本四国八十八ヶ所霊場を巡ったのと同じご利益があるそうだ。ご利益があるならば、とお地蔵様の笑顔に励まされ山道を登る。途中からは大師像を拝む余裕も無くなり、会釈で失礼。こんなんでご利益あるんだろうか・・・。知ってる人には絶対会いたくない形相で 20分程登り続けると、周りが開けそこには巨大な大師像。山頂に立つ大師像は8メートルもあり、そこからの絶景に少し疲れも癒えた(海が望める)。大師像の周りには本四国霊場の砂が撒かれており、それを踏むことで本四国八十八ヶ所を巡ったご利益がある「お砂踏み」が出来る。「苦労して登ったんだから!」と砂を踏みしめながらぐるぐる、ぐるぐる大師像を周る私。ちなみに巨大大師像へは階段の近道もあるが、途中山道も少し歩くので履物には注意。雨天後は避けたほうが無難です。
さて、登ったら下らなくてはならないという当たり前の事実。そこから奥之院へ下る道があるそうで、確かに「奥之院→」と出ているのであるが、どう見ても獣道。枝が折れて通せんぼしてるし。という事は、今来た道を下るという事・・・?再び「ぎゃ〜〜〜 !!
」。階段の近道を選んだのは言うまでも無い。
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