|
「西浦や 東浦あり 日間賀島 篠島かけて 四国なるらん」
と古歌に詠われた知多半島は、気候が温暖で、住民が信仰心の篤い地域であり、古代万葉の頃から訪れる人たちが多かったという。
なかでも知多半島を一周するお遍路の巡礼が知られている。
その昔、弘法大師(空海)が諸国行脚の途中、三河から船路で知多半島の大井聖崎に御上陸されて、医王寺、山海岩屋寺に御留錫、護摩修法され、野間を経由し、後に北上されて陸路、伊勢路に向かわれた。その折に、風光明媚な知多の風景があまりにも四国に似ていることに驚かれた。
文化六年(一八〇九年)、妙楽寺(七十九番)住職亮山阿闍梨が、お大師さまの夢のお告げで発願して、四国に巡拝を重ねられ、岡戸半蔵・武田安兵衛両行者の協力を得て、知多四国霊場が開創されたという。以来、年を重ねるごとにお大師さまのご霊徳を慕う人々が、広く全国から押し寄せるようになった。その後、知多半島の八十八ヶ所ある霊場を訪れる巡礼者のことを知多の人々は「弘法さん」と親しみをこめて呼び、お迎えしている。お大師さまと共に歩むといわれている全行程は一九四kmある。
知多半島には、聖崎や岩屋をはじめ、砂聖・仏山・求聞持山・明星水・弘法井等々、大師ゆかりの霊跡が数多く残されている。
また霊場は、真言宗のみならず、曹洞宗、西山浄土宗、天台宗、浄土宗、臨済宗、時宗、尾張高野山宗の各宗寺院で成立しており、仏教の境界を取り払っているのが特徴である。
平成二十年は、知多四国霊場開創二百年の記念年になる。
|