知多半島の根っこは大丈夫か?
観光の現場からの提言 |
異論を承知でいえば、観光を産業として見た場合、たかだか数十年のものでしかない。しかし、観光は「他者の流入」という面で、他の産業とはまったく異なる。観光立国という華やかなスローガンの裏側で、横暴な観光の論理によって生活の場を壊された町は全国にある。観光に背を向ければいいかと言えば、それも現実的な話ではない。
今回は木下幸男さんと中山勝比古さんに、知多半島の観光事業の展望と、水面下の問題について話し合っていただいた。
知多半島の観光について
六古窯やタコ阿弥陀など、
自分の町に誇りをもつ観光。
【木下】観光地ということで言えば、常滑は六古窯・焼き物の里として一応認知されている。実態は別にしてね(笑)。だけど、六古窯とはなんだと聞かれたら、語れる人が少ない。自分の町なのに実態が見えていない危うさがある。だから、知多半島を知らない人が観光を企画すると、知多半島はみんな同じとみなされてしまう。それじゃ駄目なんでね。生活の風景があっていいじゃないか。今さら、どこにでもあるような観光地をでっちあげても仕方がないというのが僕の立場なんですよ。
【中山】全く同感。私はね、自分の住んでいる島の歴史や文化を知りなさいと言っている。知ればそれが誇りになるから。その上で誇りある町づくりをしないと。もうひとつは、観光における感動の体験。日間賀島で、漁業の体験学習をやって10年になる。その子ども達が二十歳を超した今、大人のリピータとして島に泊まりに来てくれる。エビの躍り食いと聞くと日間賀を思い出すというんですよ。小さいときの記憶は大切ですね。感動は記憶に残り、地域のファンづくりになる。修学旅行はこれからの大きなテーマですね。
【木下】それとね、知多半島観光の入口、出口の問題がある。常滑を入口にすれば、六古窯の町として既に全国に知られているから話が早い。まず常滑にお迎えし、そこから知多半島の各地へ観光に回っていただくというプランを考えている。
【中山】マスコミとどう付き合うかも大切だね。島の情報をどう伝えるか。「タコの島」を始めた時、新聞社の人と一晩語り合っても「なぜ日間賀がタコの島なのか」それが伝わらなかった。で、次の朝、タコ阿弥陀の寺へ連れていったら、昨夜の話がす??っと理解できて、大きな記事になった。「タコの島」の宣伝は そこが第一歩ですよ。観光の魅力を伝えるには、六古窯やタコ阿弥陀のような実態や歴史が要りますね。あの取材のおかげで価値をどうやって情報として出すかがわかったんだと思います。
生活と観光の接点
確立できていない観光のイメージ。
伝統や歴史を踏まえて共有したい。
【中山】日間賀は、漁業と観光を一緒にして成功した。旅館は島の人を雇う。魚も地魚を買う。融資も漁業組合を使う。そうすれば漁業組合にその利息がいく。そうした下地があって漁業者の理解が得られ、観光と漁業はうまく両立するようになった。
【木下】生活があっての観光ですからね。常滑は夜になったら何もないとよくいわれるけど、それでいいじゃない。今の常滑が原風景で、それを見たくて旅行者は来る。泊まるのは日間賀島や南知多にお願いすればいいじゃないかと思いますね。つまりね、常滑の観光イメージが共有できていないんですよ。昼も夜も常滑で全部独り占めは出来ないですよ。
【中山】自分の町の観光イメージ、日間賀ではそれが「タコの島」でまとまったから良かった。観光で島が潤うということが、次第に分かって協力が得られるようになった。
【木下】その通りですね。歴史や伝統を大切にすることはとても大切。そこを見失っては、どこも同じ町になってしまう。ですから、常滑では焼き物の過去・現在・未来を、みんなで考えなくちゃいけない。観光だからと言って、無理はいけない。なぜかといえば、この町で生活しているのは、今の平成という時代に、この町で焼き物をして生きる普通の人たちです。観光優先では、生活の場がとんでもないことになってしまう。常滑の町の歴史について認識を共有しなければ。その上で、焼き物を利用して観光を促進したい。方法を熟考し、方向を見誤らないようにしたいですね。
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