知多半島は面白い!地元再発見。知多半島情報サイト『知多半島ネット』


-大 野-

かつて歴史の表舞台で活躍した「大野町」
この町は散策するほどにロマンが感じられる。

常滑市最北部の「大野町」は鎌倉時代より海運・軍事の両面で重要視され”湊町“と呼ばれていた。水軍”大野衆“が伊勢湾の海上交通を掌握したり、京の文化人が連歌の会で来訪するなど歴史の表舞台で活躍した時代があり、三英傑にまつわる数々の逸話や”大野船“”大野鍛冶“の名も残されている。

歴史を語れば長くなるが、世界最古の海水浴場、古い寺院や格子のある
”町屋“が点在し、当時の人々の暮らしが身近に感じられる町である。
面影を伝えるもののひとつに「大野祭り」がある。毎年5月3・4日に行われ、三台の山車と一艘の巻藁船「権丸」(ごんまる)が登場し町中が大いに盛り上がる。
では、知多半島の政治・経済・文化の中心だった「大野町」を散策してみよう。


● スペース樂游館(らくゆうくわん)
足袋会社だった松屋が客人をもてなす為に昭和初期に「まつや別邸」として建てたこの館は外観も内部も西洋風と和風がドッキングした建築で、往時のハイカラ趣味が今も色濃く残っている。このふたつの顔を持った建物が息を吹き返し、多様な文化の出会うスペースとして利用されている。時代を超えて町に活気をもたらすに違いない。足袋屋さんの別館で下駄の販売?・・豊富な種類の中から下駄の鼻緒と台を別々にセレクトして鼻緒をすげてもらうことができる。多才な岡館長の話も面白く 寛いで長居してしまうスペースだ。
所 在 地 /常滑市小倉町5−84
T E L /0569-44-2550
開 館 日/ 10:30 〜 18:00(冬期17:00)
休 館 日/月・火曜



●大野橋
平成14年に架け替えられた「大野橋」は町の南北を結ぶ町のシンボル的存在だ。愛着の持てる橋にするために地元の人たちが橋のデザインに参加したという。欄干には 大野の自然・祭り・歴史を描いた陶板が何十枚も飾られている。陶板の作者は常滑在住の外国人陶芸家アルバート・サスラー氏。絵の解説は書かれていないが何の絵かわかれば大野町通(つう)。







● 大野鍛冶
近代に至るまでこの地域には鍛冶を営む者が多かった。武具鍛冶に始まり、農具を製作修理する農鍛冶が三河山間部まで出かけて農具をメンテナンスするいわゆる“出鍛冶”が主流だった。戦後、農業の機械化に伴い需要が減って出鍛冶の姿が徐々に消えていった。現在「大野鍛冶」の技と伝統を受け継ごうと努めている鍛冶は長司さんただ一人である。工房にお邪魔すると和包丁、ナイフ、キャンドルスタンドなどが展示してありタイミングがよければ長司さんの興味深い話を聞く事ができる。後継者育成にも心を砕いているそうで希望者があれば是非!
「大野鍛冶」
所 在 地 /常滑市大野町6−79
T E L /0569-42-0880


● 十王堂
辻堂としては最上級の立派な堂、水盤舎まで付属している。屋根は三層になっており獅子などの彫刻がなされている。内部は一室からなり、人の死後に生前の罪業を調べる十人の冥府の王が祀られている。8月のお盆の時は近くの大野川で精霊流しをした後この十王堂にお参りする風習があるという。







● 斉年寺
宗洞宗の寺。大野城主二代目、佐治宗貞が亡き父の菩提を弔うため享禄4年に創建したと言われる。天正15年(1589年)大野城滅亡に伴い家臣により現在地に再建された。寺宝も多く所有し、中でも雪舟(老禅僧)が77歳の時に描いた最高傑作、国宝「慧可断壁臂図」(えかだんびず)は有名。本堂で、教科書などで見覚えのあるその絵のレプリカを拝観することができる。


Copyright:(C) 2007 EdiT All Rights Reserved.