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-武 豊-

文明開化の始発駅より 
明治の香り漂う界隈散歩。

知多半島の中央、東海岸に位置する武豊。明治時代、武豊の様々な産業を大きく発展させたのは港と鉄道という産業基盤の整備によるものだろう。古くからある醸造産業もこれにより伝統を守りながら大きく前進することになる。「みそ、たまり蔵」のある界隈では懐かしさの中にも明治に花開いた文化を受け継ぐ予感に満ちた風景に出会うはずだ。明治から現代までの武豊の文明開化の軌跡をたどってみよう

● 長尾学校跡(坂田邸)
明治12年、蓮花院の庫裡からこの場所に移転した。今日の学校、寺子屋に近いものであり現在の武豊小学校が建設される明治32年まで子供たちの学び舎として20年間その役割を果たした。


● みそ・たまり蔵
国道247号から西側の路地を入ると、黒板塀の続く趣あるまちなみが広がる。数軒の蔵元を有する里中・大足地区を中心に現在も5軒の醸造蔵が伝統的な製法でみそ、たまりを作り続けている。近年、国内のみならず海外からも評価の高まっている武豊のみそ、たまり。タイムスリップしたかのような古き良き懐かしき界隈で、醸造蔵それぞれの自慢の一品を求め歩く楽しみもありそうだ。


● 転車台
かつて武豊港駅があった場所には現在もそのままの形で転車台が残っている。蒸気機関車の向きを変えるための装置で、全国でもここにしか現存しない「円形木板張り井桁状転車台」という直角二線式のものだ。









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