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知多オピニオンリーダー
] → Vol.32 戸枝陽基 氏
社会福祉法人 むそう 理事長
戸枝陽基氏
社会福祉法人 むそう
半田市土井山町3-65
TEL 0569-22-4072
http://www.musou03.org/
障害のある人が町に
溶け込んでいける福祉を
現在の「社会福祉法人むそう」の活動拠点は、半田市内に10カ所以上。法人本部の他、陶芸などの工房・展示スペース、さらに障害者の人たちが暮らす「ケアホーム」、働く場所として喫茶店・中華料理店・養鶏場・キノコの栽培ハウスなどがあり、生活・生産・加工・販売のリンクでつながっている。それぞれの仕事場での健常者とともに笑顔で声をかけ合いながらはつらつと働く姿、これが日常的な光景だ。
戸枝陽基氏は群馬県の出身。7人兄妹の3人目で長男。大工だった父は結核を病み、隔離病棟に入ったため生活保護を受けながら成長した。母は自らのガンと戦いながら7人の子供を育て上げたという。様々な事情で不登校の時期もあったと戸枝氏は話す。群馬県太田市で生まれ育った18歳の少年の、日本福祉大学福祉学科への進学にはこうした背景があった。
卒業時はバブルの絶頂期。福祉学科からも多くの学生が好景気の企業などに採用されて行った中で、戸枝氏は半田市の社会福祉協議会に就職した。職場は介護現場だった。
「半田の福祉のレベルはすごく高いんです。必要な環境も用意してくれますし、不満はなかったのですが、障害者施設と認められるための人数のこととか、少し考えが違うところもあって、自分の理想の福祉を進めようと思ったんです。そのための組織の立ち上げを目指して、7年間勤めた仕事を辞め、1年間かけて簿記や労務管理・パソコンなどの勉強をしたんですよ。最初の任意団体「生活支援サービスふわり」をスタートさせた時は29歳でした」と、当時のことを話す。翌2000年にNPO法人資格取得、2003年に「社会福祉法人むそう」設立に至った。
ケアホームで暮らす障害者は各施設とも4〜5人。飲食店では客に直接対応もする。「町の中に障害のある人たちが溶け込む福祉を進めたい」とする「むそう」の思いがシステムの随所に配慮されている。
2004年、通所授産施設「アートスクエア」開所式の日、母が看護士付きで来半し出席した。
「母が私を出産する時は帝王切開で、その後の4人も死の危険を伴っての出産だったんです。開所式の後〈自分が死ななかったのを不思議に思っていた。でも障害を持って生きることの大変さをあなたに伝えて、沢山の人を助けるために私は生かされたということがわかった〉と言ったんです。その1ヶ月後に亡くなりましたが、この仕事は自分の運命だと思いましたね」。やはり母の存在が大きいと言う。
さらに「障害のある人もいろんなことができる、同じように愉快な人たちで可能性があるということは、地域の人に分かって頂けたと思います。次は企業による直接雇用など、一般社会への参加の段階なんです。お店へは〈障害者が働く店だから〉じゃなくて、障害者を知らない人に来て欲しいですね」と、現在の思いを語る。
「むそう」がひらがなで表記されるのは「夢想」「無想」「夢走」「無双」「夢創」などの意味を含んでいるからだという。
この仕事は自分の運命
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